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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

その他、偶然の畸形はいくらでも想像出来た。指が一本足りないこと、頭がまる禿げであること、片目、鼻っかけ、欠唇、蹙……少し調子が狂えばもはや怪物だった。

生れてみなければ分るものではない!

二人向き合って話が途絶えるような時には、順造は知らず識らず秋子の腹部に眼をやっていた。其処に何かが孕まれて、もはや小さな心臓の音を立ててるのだった。

「だいぶ大きくなったようだね。」

咄嗟に云い捨てた言葉を口実にして、彼は手を差伸した。帯と着物と襦袢と、ぐる/\巻かれた紅白の布、その下に、むっくりと脹らんでる腹が、押しても小揺ぎさえしそうにないほど、泰然と控えていた。その張りきった根強さが、彼の指先から胸へじかに伝わった。彼は怪しい心の戦きを感じながら、とんとんと叩いてみた。

「あら、いけませんよ、叩いては。」

睥めるように眺めた秋子の眼付が、なお彼の心を唆った。指先から次には平手で、次には拳固で、力一杯に押しっくらをしてみたくなった。

「お胎の児に響くじゃありませんか。」

彼女は両手で腹部をかばって、一寸険のある顔付をした。その様子が彼を依怙地にならした。冗談だか真剣だか分らない気持でぶつかっていった。