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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
「中央公論」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页
胸部の聴診の時に、以前呼吸器の病気をしたことはないかと聞かれた。肺尖加答児をやったことがあったね、と順造は秋子に尋ねた。秋子は首肯いた。然しその時もう医学士は、腹部の診察にかかっていた。産婆が側についていてくれた。子宮の内診の時に、順造は座を外した。
診察が済んで、女中が茶を持ってゆく時、順造はまたその室に戻った。
「病名は今の所まだはっきりしませんが……明日まで経過をみたら大抵確定するつもりです。」と医学士は云った。「然し熱が高い間は、兎に角授乳は控えといたが宜しいでしょう。」
明朝までに便を少量届けてほしいと頼んで医学士は帰っていった。
産褥熱! 非常に恐ろしい病気のように聞いていたその名が、順造の頭に閃いた。彼はそっと産婆に尋ねた。産婆はそうらしくはないと答えた。それでは窒扶斯かも知れなかった。然しそれを産婆は一層はっきりと否定した。けれど彼女にも結局分らないらしかった。
女中が牛乳と薬とを取りに行ってる間、産婆は残っていてくれた。
腹痛が不規則に襲ってきた。秋子はもう身を※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)きはしなかったが、眉根に深い皺を寄せ歯をくいしばってるので、それと知られた。