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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

少し月が違いますけれど、牛乳よりはどんなにましだか分りませんよ。牛乳をおやりなさると……。」

牛乳と母乳との講釈が出そうになったので、順造は至急に頼むと云い捨てて飛び出した。

空が拭ったように晴れて、日の光が冴え冴えしていた。そのぱっとした外光の中で、彼は突然云い知れぬ不安を感じた。駆けるようにして帰ってきた。

午後、産婆が見舞ってくれた。結核性腹膜炎と聞いて眉を顰めた。順造は危険な病気であることを直覚した。

夕方、看護婦が二人やって来た。

秋子はまた激しい腹痛を訴えていた。食物を与えるとすぐに吐いた。日の暮れ方に、坪井医学士が見舞ってくれた。注射が行われた。暫くすると腹痛が止んだ。けれど秋子はぼんやりしていた。熱が九度八分に上っていた。ただ待つより外はなかった。然し待った後で?

順造は不意に立ち上った。家の中を方々見廻った。何だかどの室をも綺麗に片付けて置かなければいけない気がした。それから俄に、秋子の死の場合を予想してることに気付いて、これではいけないと思った。考えを明るい方へと向けてそれに頼ろうとした。

病勢は殆んど不可抗力を以て進んでゆくがようだった。