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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
「中央公論」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页
ある限りの力を搾って、堰き止めるものと突き破るものとが、ごった返してる渦巻きのうなりが、ごーう、ごーう………と秋子の喉から洩れてきた。一瞬の余裕も得られなかった。彼は秋子の上体に飛びついて抱きしめた。彼女の両の拳が肩のあたりへ、徐々に上ってきた。眼が据ったままぐるぐると廻った。大きな叫び声がした。看護婦が注射器を取って駆け寄った。光った針が皮ばかりの胸へずぶりと差された。がその時には、消え入るように凡てがひっそりとなっていた。
僅かな瞬間のようでもあれば、長い時間のようでもあった。
順造は昏迷した眼付であたりを見廻した。いつのまにか、も一人の看護婦も竜子も女中も駆けつけていた。何やら合図をしてる手付が眼に止った。彼は静かに秋子を寝かした。
底知れぬ沈黙が落ちて来た。秋子は心臓痲痺のために、冷たくなっていた。
五
どんよりとした重い水が、或は渦を巻き或は淀み或は瀬をなして、小止みもない力で流れてゆく、そういう日々が続いた。順造は心の眼をつぶって、その流れのままに身を任せた。叔父と叔母とが万事を計らってくれた。
二七日の頃から、順造は心身の疲憊に圧倒されながら、漸くはっきりと周囲を意識しだした。