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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

秋子ではない、秋子ではない!

秋子は押入の中の骨壷にに」]、清浄な灰となってはいっていた。

彼は押入の襖を開いた。香を焚いた。諸行無常……というよりも寧ろ、凡て空なり、その香煙が静かに立ち昇った。白布の結え目を解き、箱を開き、壷のの」]蓋を取ると、所々黝ずんだ仄白い遺骨が、八分めばかりはいっていた。

秋子、秋子!

身体中が冷たくなって、髪の毛穴がぞーっとした。真白な骨片を一枚取って、歯でがりがりとやった。塩辛い味がして口の中で融けて無くなった。手に残ってるのを、またがりがりとやった。唾液を飲み込むと、胸がむかついてきた。じっと押え止めてるまに鎮まった。しいんとなった。

彼ははっとして飛び上った。室の入口から秋子の真白い顔が覗いていた。と思ったのは瞬間で、竜子の顔に変った。それが石のようになって、こちらを見つめていた。

「乳母や!」

喫驚するほどの大きな声が出た。

「何をしていたんだ!」

彼は飛びかかって、無我夢中で殴りつけた。彼女の身体がへなへなになって倒れたのを感じた。女中が駆けつけて来た。彼は腕を組んでぼんやりあたりを見廻した。横坐りに片手で身を支えながら震えてる竜子と、呆気に取られてつっ立ってる女中と、……廊下の隅が薄暗かった。