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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

じっとしていられなかった。離れの室に逃げ込んでゆくと、白紙を張って秋子の骨壺を隠した本箱が、妙に白々しく取澄して見えた。彼はほっと安堵した気持になると共に、呆けたように頭が茫としてしまった。室の真中に敷いてあった布団の上に、ごろりと長く寝そべった。

静かな晩だった。変に物音一つ聞えなかった。長い間たった。室の入口から真白な円いものが覗き込んで、暫くしてそのまますーと消えていった。何だったろう、とそんなことを彼はぼんやり考えた。

いつのまにかうとうとして、薄ら寒さにはっと我に返った時、眠りながら考えていたらしい一つのことが、彼の頭にこびりついていた。

どんなことがあっても、順一だけは立派に護り育ててやろう!

今のうちに腹の中の子をどうにかするとかしないとか、そんな問題らしかった。順造は怪しい心地で起き上った。もう夜中過ぎのしんとした静けさだった。その静けさに耳を澄してると、訳の分らぬ不吉な不安さが寄せてきた。彼は立上って向うの室を覗きにいった。

廊下に足音を立てないようにして、それから注意して障子を開いて、頭だけ差出して眺めてみると、覆いのしてある電燈の薄暗い光の中に、ぱっとした派手な友禅模様のメリンスの布団に、竜子と順一とがぬくぬくと眠っていた。