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ひろば
広場
宮本 百合子
「文芸」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,809 字 · 31 页
日本語のわかるものがいくらもいるんだから、そんな心配はいらない。朝子は日本語で日本のことを書けばいい、と云うことになっているのであった。
「語学の条件としては、解決しているんだけれど……」
「日本語で書くわけか……日本のことを?」
「ほかに私として意味がないわけでしょう」
素子は黙っている。
日本語で日本のことを小説に書く……ここで。――その観念には、夜空にプラカードのはためく人通りのすくないこの歩道の上で、ここの生活を日本へ書いて送っていたこととおのずから違ったものとして、朝子の実感にふれて来るぼんやり居馴染めないものがあることもおおえない。二人は、一つのことをあっちの端とこっちの端とで考えている表情のまま、黙ってホテルの階段をのぼって行った。
三
どんな気持で、素子はあんなことを特に云ったのだろう。彼女が文学に対してもっている理解からの誠意で云われた言葉だったのだろうか。それとも、時々素子が実際に当って発揮する非常にこまかい暗黙の悧巧さから投げた暗示のようなものだろうか。
素子の顔からは何も読みとることは出来なかった。二人はやはり用事のほかは余り口をきかず、素子は自分の苦しさからの目立った意地わるからは抜けて、しかし一定の距離から内へふみこまない態度でいるのであった。