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ひろばのベンチ

広場のベンチ

豊島 与志雄

「文芸」1951(昭和26)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,998 字 · 15 页

青空文庫

高い広い額だ。鼻筋がすっきりと清い。眼と口は判然としない。顔全体が静止しながらゆるく廻転してる故であろうか。それとも幻覚の故であろうか。だが、その顔だけで、首から上のぼやけた顔だけで、あ、あの少女だ、と十内には分った。

忘れていたわけではない。

強いて記憶の外に放り出していたのである。戦闘、敗戦、俘虜、内地帰還、離散した家族、物資の闇取引など、生活環境の激変は、過去の一切を忘却の淵に埋没させるに好都合だった。然し、その忘却の深淵の中にも、ちょっと気を向ければ、厳然たる事実の岩頭がいくつも見出せるのだった。青服の少女もその一つである。

揚子江から可なり離れた処に、十内の属する部隊はいた。広漠たる大陸の土地の、所謂点だけの占拠だから、局部的なゲリラ戦は絶え間がなかった。

遠くに見える兵陵地帯の裾に、小さな部落があって、そこが敵性スパイの本拠と目されていた。僅かな油断の隙間に、こちらが手痛い損害を蒙った、その腹癒せもあって、夜間ひそかに、小部隊で掃蕩に出かけた、ところが、行ってみると、その部落には人影一つなかった。その代り、十数戸の僻村にして意外にも、物資が豊富にあった。