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いようへん
影を踏まれた女
岡本 綺堂
岡本綺堂『影を踏まれた女』。同一底本的分册已合并为一书。收入:異妖編、月の夜がたり。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,110 字 · 46 页
話は嘉永四年の三月はじめで、なんでもお雛さまを片付けてから二、三日過ぎた頃であると、おなおさんは言った。旧暦の三月であるから、ひとえの桜はもう花ざかりで、上野から浅草へまわる人跫のしげき時節である。なま暖かく、どんよりと曇った日の夕方で、その頃まだ十一のおなおさんが近所の娘たち四、五人と往来で遊んでいると、そのうちの一人が不意にあらと叫んだ。
「お兼ちゃん。どこへ行っていたの。」
お兼ちゃんというのは、この町内の数珠屋のむすめで、午すぎの八つ(午後二時)を合図に、ほかの友達と一緒に手習いの師匠の家から帰った後、一度も表へその姿をみせなかったのである。お兼はおなおさんとおない年の、色の白い、可愛らしい娘で、ふだんからおとなしいので師匠にも褒められ、稽古朋輩にも親しまれていた。
このごろの春の日ももう暮れかかってはいたが、往来はまだ薄あかるいので、お兼ちゃんの青ざめた顔は誰の眼にもはっきりと見えた。ひとりが声をかけると、ほかの小娘も皆ばらばらと駈け寄ってかれのまわりを取巻いた。おなおさんも無論に近寄って、その顔をのぞきながら訊いた。
「おまえさん、どうしたの。