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いようへん

影を踏まれた女

岡本 綺堂

岡本綺堂『影を踏まれた女』。同一底本的分册已合并为一书。收入:異妖編、月の夜がたり。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,110 字 · 46 页

青空文庫

そのころ僕の家は小石川の大塚にあった。あの辺も今でこそ電車が往来して、まるで昔とはちがった繁華の土地になったが、明治の末頃まではまだまだ寂しい町で、江戸時代の古い建物なども残っていた。まして明治十九年、僕がまだ十五六の少年時代は、山の手も場末のさびしい町で、人家の九分通りは江戸の遺物というありさまだから、昼でもなんだか薄暗いような、まして日が暮れるとどこもかしこも真っ暗で、女子供の往来はすこし気味が悪いくらいであった。そういうわけだから、地代ももちろん廉く、家賃も安い。僕の親父はそこに小さい地面と家を買って住んでいたので、僕もよんどころなくそこで生長したのだ。

ところが、僕の中学の友達で梶井という男があたかも僕の家の筋向うへ引っ越して来ることになった。梶井の父は銀行員で、これもその地面と家とを法外に安く買って来たらしかった。今まで住んでいたのは本多なにがしという昔の旗本で、江戸以来ここに屋敷を構えていたのだが、維新以来いろいろの事業に失敗して、先祖以来の屋敷をとうとう手放すことになって、自分たちは沼津の方へ引っ込んでしまった。それを買いとって、梶井の一家が新しく乗込んで来たのだが、なにしろ相当の旗本の屋敷だから、僕らの家とは違ってすこぶる立派なものであった。