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かれはむかしのかれならず
彼は昔の彼ならず
「世紀」1934(昭和9)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,274 字 · 57 页
ほかに男ができたのでしょう。そんな女なのです。」いつもに似ず言葉の調子がはきはきしていた。
「いつごろです。」僕は玄関の式台に腰をおろした。
「さあ、先月の中旬ごろだったでしょうか。あがらない?」
「いいえ。きょうは他に用事もあるし。」僕には少し薄気味がわるかったのである。
「恥かしいことでしょうけれど、私は、女の親元からの仕送りで生活していたのです。それがこんなになって。」
せかせか言いつづける青扇の態度に、一刻もはやく客を追いかえそうとしている気がまえを見てとった。僕はわざわざ袂から煙草をとりだし、マッチがありませんか? と言ってやったのである。青扇はだまって勝手元のほうへ立って行って、大箱の徳用マッチを持って来た。
「なぜ働かないのかしら?」僕は煙草をくゆらしながら、いまからゆっくり話込んでやろうとひそかに決意していた。
「働けないからです。才能がないのでしょう。」相変らずてきぱきした語調であった。
「冗談じゃない。」
「いいえ。働けたらねえ。」
僕は青扇が思いのほかに素直な気質を持っていることを知ったのである。胸もつまったけれど、このまま彼に同情していては、屋賃のことがどうにもならぬのだ。