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かれはむかしのかれならず
彼は昔の彼ならず
「世紀」1934(昭和9)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,274 字 · 57 页
八月には、僕は房総のほうの海岸で凡そ二月をすごした。九月のおわりまでいたのである。帰ってすぐその日のひるすぎ、僕は土産の鰈の干物を少しばかり持って青扇を訪れた。このように僕は、ただならぬ親睦を彼に感じ、力こぶをさえいれていたのであった。
庭先からはいって行くと、青扇は、いかにも嬉しげに僕をむかえた。頭髪を短く刈ってしまって、いよいよ若く見えた。けれど容色はどこやらけわしくなっていたようであった。紺絣の単衣を着ていた。僕もなんだかなつかしくて、彼の痩せた肩にもたれかかるようにして部屋へはいったのである。部屋のまんなかにちゃぶだいが具えられ、卓のうえには、一ダアスほどのビイル瓶とコップが二つ置かれていた。
「不思議です。きょうは来るとたしかにそう思っていたのです。いや、不思議です。それで朝からこんな仕度をして、お待ち申していました。不思議だな。まあ、どうぞ。」
やがて僕たちはゆるゆるとビイルを呑みはじめたわけであった。
「どうです。お仕事ができましたか?」
「それが駄目でした。この百日紅に油蝉がいっぱいたかって、朝っから晩までしゃあしゃあ鳴くので気が狂いかけました。