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かれはだれをころしたか

彼は誰を殺したか

浜尾 四郎

「文藝春秋」1930(昭和5)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,147 字 · 27 页

青空文庫

自分は何という愚か者だ。もしあの時、誰でも一人人間があのありさまを見ていてくれたなら、俺の人殺しの疑いをはらしてくれるだろうに。又もしいっそ俺が訴えられれば弁解の辞は十分にあるのだ。しかし、妻は俺を人殺しと確信しているくせに、一回も俺に訊ねない限り何を云ってもむだなのである。俺はもはや綾子の沈黙の復讐に対しては沈黙の争いをつづけなければならないのだ。

しかし、俺はこのごろ凡ての人々に人殺しと呼ばれているような気がする。俺は人殺しを計画した。しかし実行はしなかったんだ。ああこの苦しみをいつになったら晴らす事が出来よう。

妻以外では、豊の兄の細山伯がたしかに疑っている。ああ毎朝、俺と顔を合わせる意味がわからない。俺は不愉快だけれど、俺が、あの道を通らなくなればなお伯は俺を疑うだろう。おお伯よ、いっそ俺を裁判所へ訴えてくれ!

(この間、日記の日附が三ヶ月程あいている)

×月×日

俺はたまらない、こうやって無実の罪を凡ての人々からきせられて見られているのは。綾子は断然俺を人殺しと見て居る。一言もそれにふれない限り、俺も一言もいうまい。伯爵も毎日あうが何の為にわざわざあの時分通るのだろう。