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びしょう

微笑

豊島 与志雄

「雄弁」1919(大正8)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,995 字 · 43 页

青空文庫

そして暫く黙っていた後でいい出した。

「随分遅い電車ですね。」

「ええ、私はもう十五分許りも待っていましたのですよ。」

その時、彼女の鼻の横に大きい痣があるのに私は気付いた。少しつまった顔立ちにその痣が一種の親しみを添えていた。

「人でも轢いて後れたんではないでしょうか。」と私はまた云った。

「まさかそんなこともありますまいけれど、せめて待たせるなら待合所へ火でもよく熾しておいてくれると宜しいんですけれどね。」

「そうですよ。夜更けの十分は昼間の三十分位には当りますからね。」

「でも電車が後れた方が面白かございませんか。」

「え?」

「あなた方には屹度。」そう云い続けて彼女は笑った。

「あなたはそれでは私達のことを知っているんですか。」

「いえ、別に……。」

そう云いかけて彼女は私の顔をじっと眺めた。

「いやいつか見られたんですね。これは驚いた。……おい村瀬君!」そういって私は村瀬を呼んだ。

けれど村瀬が近づいて来る間に、向うに電車が走って来た。其処は線路がカーヴをなしていたので、電車は見えたかと思うとすぐ側にやってくるのであった。私は何にも云う隙がなかった。

「何れまた。