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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

「ね、貴方――安心?」

「何が?――君のような出しぬけでは、返事に困るよ」

保夫の言葉つきの裡には、充分な用意と、それを包んだ平静さ、子供扱いの気軽さを装う響きがあった。

「何だい?……地震」(一九二三年東京、湘南地方に大震があり、翌年になってもしばしば余震があった。)

「そんなことじゃないわ、地震なんか――私共のこと。――」

さよは、顔を擡げて良人を正視した。

「貴方ちっともそんな心持はなさらないの? しんから安心?」

保夫は煙草の煙をよけるように瞼をせばめた。

「何か僕達の生活に不安があるというの?」

さよは、合点をした。

「私この頃堪らないの」

「……何も不安な処なんかないじゃあないか。僕はこんなに貞節のある良人だ! 君は君で一日じゅう眠ろうが起きようが自由な身の上だ!――僕は不安どころか、大いに幸福だと思う。特に、君なんかユートピア以上の生活だな」

さよは、不愉快に良人の軽口の先を折った。

「冗談はあと。私は真面目よ。――貴方本当に私共の生活が充実しているとお思いになること? 大丈夫、完全なものだとお思いなさる? 私は、この頃、そう呑気でいられなくなったわ。