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こころのかわ
心の河
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页
さよは、心の歯を喰いしばった。彼女は、出来ることなら擲りつけて、良人を独善的な、紳士的な、冷血な頑固さから突き出したかった。彼は、さよの心が、どんなに苦しんでいるか思い遣ろうともせず、卑俗な自分の頭の正確さに、寧ろ愉快を感じてさえいるではないか? さよは、獣のように呻いた。ホッテントットの女のように、良人に噛みつき擲り合って、しんまで事がさっぱりするのだったら、どんなに晴ればれするだろう。脳髄の皺がほんの少し多いばかりで、さよは、自分の指一本動かせなかった。彼女は、この苦しさが、擲り合いで片づかないものであるのを知っていた。また保夫は、打たれて打ち返す男ではなく、心に氷のような侮蔑を含んで眉毛も動かさないであろうことを知っていた。彼女は、燃え顫える激情を、ただ熱い数滴の涙にだけ溶して、淑やかに教養ある日本女性の典型のように、二つの手を膝に重ねていなければならないのだ。――彼女は、様々に思い乱れた。「夫婦というものは、どこでもこんな味気ないものなのだろうか。どうかして、体も心も安心して一つになってしまいたい、その判り切った願さえ、黙って堪えて行かなければならないのか」