轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

れんあいろん

恋愛論

坂口 安吾

「婦人公論 第三巻第四号」1947(昭和22)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,579 字 · 12 页

青空文庫

私は辞書をしらべたわけではないのだが、しかし、恋と愛の二語に歴史的な、区別され限定された意味、ニュアンスが明確に規定されているようには思われぬ。

昔、切支丹が初めて日本に渡来したころ、この愛という語で非常に苦労したという話がある。あちらでは愛すは好むで、人を愛す、物を愛す、みな一様に好むという平凡な語が一つあるだけだ。ところが、日本の武士道では、不義はお家の御法度で、色恋というと、すぐ不義とくる。恋愛はよこしまなものにきめられていて、清純な意味が愛の一字にふくまれておらぬのである。切支丹は愛を説く。神の愛、キリシトの愛、けれども愛は不義につらなるニュアンスが強いのだから、この訳語に困惑したので、苦心のあげくに発明したのが、大切という言葉だ。すなわち「神のご大切」「キリシトのご大切」と称し、余は汝を愛す、というのを、余は汝を大切に思う、と訳したのである。

実際、今日われわれの日常の慣用においても、愛とか恋は何となく板につかない言葉の一つで、僕はあなたを愛します、などというと、舞台の上でウワの空にしゃべっているような、われわれの生活の地盤に密着しない空々しさが感じられる。