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おそろしきさくご
恐ろしき錯誤
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1923(大正12)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页
大切なものを持出したり、子供に怪我をさせまいとしたり、そういう場合でなければ経験の出来ない、一種異様な、追いつめられた様な、せかせかした気持の為に、可成の時間を殆ど一瞬の様に感じたせいもあろうけれど、あの、とほうもなく大きな大蛇の舌ででもある様な「火焔」という生物が、人間の住家を嘗め爛らして了う速さというものは、ほんとうにびっくりする程であった。
北川氏は第一に幼児――誕生を過ぎてまだ間もなかった幼児を抱いて、少し離れた友人の家へかけつけた。
泣叫ぶ子供は、友人の細君に託し、友人にも手伝って貰って、出来る丈けの品物を持出そうと、彼は火事場へ取って返した。
寝衣姿の狂気めいた北川氏は、人間がまだ言葉というものを知らなかった、原始時代に立帰って、意味を為さぬ世迷事を口走り乍ら、息を切らして走るのだった。
そうして、友人の家との二三町の間を二回往復すると、もう火勢が強くなって、品物を持出すどころではなく、危くすると命にも拘りそうになったので、彼は兎も角も友人の家に落着いて何よりも先ず、痛みを感じる程に、カラカラに渇いた喉を、コップに何杯も何杯もお代りをして、湿したのだった。