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きょうふのくちぶえ
恐怖の口笛
海野 十三
「富士」1934(昭和9)年8月号~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,713 字 · 122 页
それ、懸れッ」
大江山課長は鮮やかに号令を下した。が、そのとき塔の向うにフラフラ動いていた竜宮劇場専用の広告気球の綱が妙にブルブルと震えたかと思うと、塔の上に痣蟹の姿が見えたと思う間もなく、彼の身体はスルスルと宙に上っていった。
「呀ッ。痣蟹が気球の綱を切ったぞオ」
と誰かが叫んだが、もう遅かった。華かな気球はみるみる虚空にグングン舞いのぼり、それにぶら下る痣蟹の黒い姿はドンドン小さくなっていった。
「うん、生意気なことをやり居った哩」と大江山捜査課長は天の一角を睨んでいたが「よオし、誰か羽田航空港に電話をして、すぐに飛行機であの気球を追駈けさせろッ」と命令した。
一同はいつまでも空を見上げていた。
航空港からは、直ちに速力の速い旅客機と上昇力に富んだ練習機とが飛び上って、気球捜査に向ったという報告があった。それを聞いて一同は、広告気球の消え去った方角の空と羽田の空とを等分に眺めながら、いつまでも立ちつくしていた。
大江山課長は、傍を向いて、誰にいうともなく独り言をいった。
「覆面探偵がたしかに来て居ると思ったのに一向に見つからず、その代りに痣蟹を見つけたが、また取逃がしてしまった。