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おんじん

恩人

豊島 与志雄

「帝国文学」1914(大正3)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,268 字 · 27 页

青空文庫

」

「そうでもないんでしょうけれど……。」と云いかけて彼は口を噤んだ。妙にうち解け難いものがちらと感じられたので。そしてこう云ってみた。「メェテルリンクにランテリジャンス・デ・フルウル――花の知能、という面白い書物がありますよ。英訳がありますから読んでごらんなすったら。」

「そうか。」と云ったまま叔父はそれを深く尋ねようともしなかった。

沈黙が続いた。そして二人の間に重苦しいものが置かれた。彼は耳を澄して何かをじっと聞きとろうとするような心地で居た。昼の光りが次第に移って淡くなるのが見えるように思えてきた。二人共離ればなれに居て、それで同じものを別々の眼で見守っているような心持ちが、はっきりと彼の心に映った。その時叔父が突然こう云った。

「あまり急にやって来たんで、少し驚かしたのではないかね。」

「いいえ、朝のうちにお手紙を戴きましたから。それでもお手紙を拝見しました時は、少し意外でしたけれど。」

「何しろ僕も急に思い立ったんだからね。実は身体の方も気にかかっていたし、此機をのがしてはまた来られそうもないと思ったものだから。」

「そんなにお悪いのですか。」

「自分では分らないが、何しろ医者がひどく云うんだからね。