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おんじん

恩人

豊島 与志雄

「帝国文学」1914(大正3)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,268 字 · 27 页

青空文庫

叔父は地面に眼をすえて、だらりと両手を窓に置いている。背後から電灯の光を受けた顔が仄白く浮んで、石にでもなりそうに思われる程じっと動かないでいる。その時叔父は片手を上げて頸を支えた。彼は余りに激しく見つめていた自分の視線に懼然として、一寸樹影に身を引いて、それから低く呼んだ。

「叔父さん!」

叔父は物に慴えたように飛び立って窓から少し退いた。そして声した方をすかし見た。

「まだ起きていらしたんですか。」

「ああ。」と叔父は漸々安心したらしく答えた。「何だか少し外気に触れたいと思ってね。……君一人なのか。」

「ええ。ちとお歩きになりませんか。」

「そう、僕もそんなことを思っていた所だ。」

こう云って叔父は窓を閉じた。

彼は樹の幹に身をもたせて空を仰いだ。障壁がとれて直接に叔父の心と見合せたような気がした。そして北斗星の尾を延長してその線に当る星々を一つ一つ見つめながら、大空に一直線の視線を画いた。

「何処へ行くんだ。」と間もなくやって来た叔父が尋ねた。

「そうですね……。」と彼は漠然と答えた。

それでも二人は言い合したように庭の奥の方へ歩き出した。

彼は父母の遺産をついでこの広い邸宅を守ってから、花壇や狭い畑地を壊して、大木を選んでむやみと植え込ませた。