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おんじん
恩人
豊島 与志雄
「帝国文学」1914(大正3)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,268 字 · 27 页
然し叔父は後で却ってそれを後悔するようにならないであろうか? 何故なら、彼はじっと眼を瞑ってみた。何故なら、彼もたえ子も二人共探るような眼で叔父の心を見つめているではないか。叔父はそれに気が附くであろう。否もうそれを知っているかも知れない。そして?……
彼は自分の心を衆から離れた遠い所に置いて、其処から今一度病める叔父とたえ子と彼自身と三人鼎坐している情景をふり返ってみた。すると自分一人が其処から遠く遠く離れて行くような気がした。
彼は立ち上って室の前の廊下に出て、窓を開き乍ら下の庭面に眼をやった。曇り空の明るみが庭一面に澱んで、そよともしない新緑の樹々の間を奥深く見せていた。冬のような日の光りだと彼は思った。そして萠え出たペンペン草の長い茎を見守っていた。
その時木立の間に叔父の姿を見出して、後は我知らず身を引いた。それから又そっと覗いてみた。叔父は学校から帰って来た末の妹の葉子と何やら話し乍ら歩いている。少し俯向き加減に懐手をし乍らゆっくりと歩いている。葉子が何やら時々くすくすと笑っているらしい。彼はその影の無い痩せた姿を痛ましそうに見守っていた。