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あくむ
悪夢
豊島 与志雄
「改造」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,930 字 · 32 页
二度乗換えをして向うに着くまで、私はもう何も考えまいとつとめた。電車を降りてからも、心当りの安価な飲食店の方へ、真直に歩いていった。そして、ぐらぐらする木の腰掛の上に腰を下して、労働者や貧乏くさい学生などの間に狭まって、一人でしきりに酒を飲んだ。もっと安価にもっと強烈なものを飲ましてくれる、カフェーの類はいくらもあったけれど、さすがにカフェーと名のつく所へははいれなかった。白い大理石やエプロンの女給などの空気よりも、薄暗い狭苦しい土間の方が、その時の私には親しみ深く思われたのである。
そして酒を飲みながら私は、贅沢じゃない、贅沢じゃない、とそんなことを心の中で繰返していた。贅沢や気紛れであって堪るものか。他人にとってはそう見えても、私にとっては真剣なのだ。而も私のそうした苦しみの底からの反抗が、殆んど常軌を逸した行為が、何を以て報いられたか。この都会は、私が投じた波紋を平然と呑み込んで、小揺ぎ一つしなかったのだ。私がたとい幾度石を投げ込もうと、あの硝子店はすぐ元通りの姿で輝き出すことだろう。そして私一人が恐れおののいて、下宿と横町とでしめくくられた同じ道筋を、競馬の馬のようにぐるぐると逃げ走ることだろう。