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かなしめるこころ
悲しめる心
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,423 字 · 33 页
私の年頃、十代で若しくは二十代で死ぬのはまことにつらい事だし五十位の人も又激しい生の愛着を持って居るのだ。実現されない希望を多く胸に抱いていくばくかの努力と勤勉の後、生れて居る現実を楽しんで居る。私共は胸に多くの希望があるがために死ぬのはまことにつらい。どれほど美くしく、どれほど見事に自分の希望が達せられるかと思う心が一時でも生にある事を望ませる。
五十六十ともなれば今までの仕事の仕あげをする一種の喜びに満ちて居る。
長年の苦労によって築きあげられた自分の事業に丁寧に親切なみがきをかけていよいよ尊くなりまさって行く時に死の手にその身をゆだねる事を誰が喜ぼうぞ。いずれの時に於ても、死を知らぬ幼児のほか思いなく自分に迫り来る死を迎える事は出来ないのである。
神仏の力によって、生死の境を超越した人でないかぎりは必ずそうあるべき事なのである。何処に居て誰の手に寄ろうと死は一つ死で有ろうけれ共、私は、我が幼児が親同胞にとりかこまれて、何物にもたとえ様のない愛の手ざわりと、啜り泣きの裡に逝ったと云う事はさぞその魂も安らけくあっただろうと想う。
誰一人額に手をふれる人もやさしい涙にその今はの床をうるおすものもなくて逝く魂ほど淋しい不安なものはあるまい。