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ばしゃ
愛の挨拶・馬車・純粋小説論
横光 利一
横光利一『愛の挨拶・馬車・純粋小説論』。同一底本的分册已合并为一书。收入:馬車、街の底、新感覚論。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,699 字 · 78 页
ことに、娘がわざわざこんなに父親を呼びに来るほどの事件が起っているからにはなおさらだ。それで由良はそう彼に云うと、由良をひきとめたときとは反対に、これはまたあまりにもけろりとして、それではまた明日にしようと紳士はいって彼らは別れてしまった。
由良はそれからは所在もなくなると紳士と逢って話をしたいと思ったが、紳士はそれぎりもうぱったり来なくなったので、また由良は退屈な枕の話や、横見もしないで黙ってばかりいる女や、長い舌で顎を舐め廻す癖のある白痴などと一緒に、石の間から出たり這入ったりして日を送らねばならなかった。しかし、紳士と逢ってからは、湯の中から立ち上ると、彼の指差した天刑病患者達のいる村ばかりが視野の中から強く眼を刺して来て困り出した。いくら眼をその村から反らそうと思って用心しても、もうそう思ったが早や、ちらりと見てしまって駄目なのだ。
この彼に襲って来た新しい習慣は、例えば、彼がいつも一番好んでぼんやりする、岩の隙間に密生した蘚苔類の華奢な花や、白く縮れた長い蘭の浮き上った根の間から空を見上げていたり、鹿の斑点に揺れる歯朶の歯のさわさわと風のように移動していく山面を見ていたり、山の頂き高く円を描いて遊泳している鳶の豊かな均衡を見ていたりするときなどにでも、ふともし山裾の不幸な村を浮べて来ようものなら