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あいのために

愛の為めに

甲賀 三郎

「探偵文藝 第2巻第4号」奎運社、1926(大正15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,919 字 · 24 页

青空文庫

こう考えると、その婦人が訴えて出ない事にも幾分解釈がつく。即ちその婦人は青年が世を忍ぶ身である事を知って、彼に同情して訴え出ないのだ。

この考えの許に、私は依頼人の知人関係を調べる事にした。何しろ依頼人自身が身許を隠しているので、この調査は頗る困難であったが、三四日の後判明した事は、依頼人の夫たる青年は某銀行家の一人息子で、結婚問題から一昨年家出したものであった。銀行家からは警察は勿論我々同業へも捜索の依頼がしてあった。皮肉な事には私の所へもちゃんと依頼が来ていた。その銀行家は一時の激昂の余り一人息子と義絶した事を後悔しているらしく、殊に二年に余る行衛不明はだんだん年をとって行く身に犇々とこたえると見えて、最近に一層猛烈にその行衛を尋ね出したのであった。

親の方の関係、それから青年の友人関係と辿って見たが、最近赤ン坊をなくして悲嘆に暮れている家は見当らなかった。私の見込ははずれたのだろうか。

私は母親の身になって考えて見た。よし自分の赤ン坊が知人の手にある事が分って、その知人が人目を避けているので急に遭えないと云う事が分っても、じっとして居られるものだろうか。