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「あいえんきょう」におけるえいがてきひょうげんのもんだい

「愛怨峡」における映画的表現の問題

宮本 百合子

「帝国大学新聞」1937(昭和12)年6月28日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,952 字 · 4 页

青空文庫

あの作品の性質としてゆるがせにされないこういう箇処が割合粗末であった。おふみと芳太郎とは、漠然と瞬間、全く偶然にチラリと目を合わすきりで、それは製作者の表現のプランの上に全然とりあげられていなかったのである。後味の深さ、浅さは、かなりこういうところで決った。溝口氏も、最後を見終った観客が、ただアハハハとおふみの歪め誇張した万歳の顔を笑って「うまいもんだ!」と感歎しただけでは満足しないだけの感覚をもった人であろう。

溝口というひとはこれからも、この作品のような持味をその特色の一つとしてゆく製作者であろうが、彼のロマンチシズムは、現在ではまだ題材的な要素がつよい。技法上の強いリアリスティックな構成力、企画性がこの製作者の発展の契機となっているのである。溝口氏が益々奥ゆきとリズムとをもって心理描写を行うようになり、ロマンティシズムを語る素材が拡大され、男らしい生きてとして重さ、明察を加えて行ったらば、まことに見ものであると思う。〔一九三七年六月〕