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あるさっかのやくび
或る作家の厄日
豊島 与志雄
「群像」1949(昭和24)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,284 字 · 21 页
その好意で、まずまずおれは助かった思いがした。
ところで、問題は、その原稿だ。暑気のせいもあり、過労のせいもあって、どうも仕事がうまくいかない。仕事が運ばないと、なおさら酒を飲むし、飲んだあとは心身ともに虚脱的になり、仕事はなお出来にくい。いたちごっこで、自分を訶んでるようなものだ。焼酎、日本酒、安ウイスキー、その混合の毒にもあたり気味だし、頭脳を明晰にする筈の薬剤の作用も、重複すれば却って頭を濁らすらしい。だが、これも一時のことだと、自信はある。
それはとにかく、さし迫って原稿を書かなければならない。而も、時間の余裕はない。相馬多加代との約束は、何よりも重大だ。
人生、窮すれば通ずで、おれも窮余の策を発見した。ノートにめちゃくちゃに書きつけた小説断片があるのを、思い出したのである。他日何かに利用するつもりのなぐり書きで、単独の使い物にはならない。然し、アプレ・ゲールのデフォルマシオンとして、案外、読者の眼をごまかせるかも知れない。内容が古くさいのは何とも致し方ないが、これとても、一種の皮肉として通用しないとも限らない。一人の男をめぐって、その細君と馴染みの芸者との間の、とんちんかんな変梃ないきさつの事実メモだ。