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あるおとこのしゅき

或る男の手記

豊島 与志雄

「中央公論」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页

青空文庫

木立には雀が鳴いていた。森を掠めてる清らかな朝日が、私には眩しかった。光子は足先を見つめながら歩いた。蒼い顔色をして、唇の端を軽く痙攣さし、時々病的な光が眼に現われてきた。池の縁に出た時、私は皮肉に微笑を浮べながら云った。

「これをも一度一周りしようか。」

「厭よ。」

「なぜ?」

「あなたのような……卑劣な人とは。」

私はむっとした。が突然、顔が真赤になるのを感じた。

「でも僕は……。」

「いや、いやよ。」と彼女は私の言葉を押っ被せた。「いろいろうまいことを云っても、やっぱりあなたには、愛も何もないんだわ。」

「じゃあなぜ、昨日は、僕にあんな話をしたんだい? そして……。」

「そして……何なの?」

彼女は病的に光る眼で私の方をじろりと見たが、ふいに真蒼になった。

「もうお互にはっきりしておこうじゃないか、何もかも万事を。」

「ええ、私はもう何もかもはっきり分ったわ。」

「そんなら、僕のこともよく分ってくれてるんだね。」

「分ってるわ、あなたがそんな人っていうことは。」

「またお前は……。」

「それから、自分がこんな女ってことも分ってるわ。だから私あなたを有難く思ってるのよ。