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あるおとこのしゅき
或る男の手記
豊島 与志雄
「中央公論」1924(大正13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页
何を私に怒ってるんでしょう。」
それから変に皆黙り込んでしまった。私は松本の綺麗にかき上げられてる髪に眼をつけていたが、三四杯酒を干してから、煙草に火をつけながら尋ねてみた。
「一体君、初めからどういう話なんだい。」
松本は苦しそうな表情をしたが、底に頼る所ありげな諦めの態度で、一切のことをまた話してきかした。私は既に光子からと俊子からと二度も聞いてるその話を、新たな興味で聞き初めた。そして実際彼の話は、光子のそれと違って、落着いたしっかりした歩調で進んでいった。最後には、私が草野さんに相談して必ずあなたを救い出してあげるから、二三日辛抱して待っていてくれと、固く約束をしたから……とそんなことがつけ加えられた。
私は心に一種の圧迫を感じてきたが、それを強いてはねのけるようにしながら、じかに突込んでいった。
「君は一体、本当に光子さんに恋してるのかい?」
松本は少しもたじろがなかった。
「今の所恋してるかどうかは自分にもはっきり分りませんが、愛してることは確かです。」
「愛と恋と違うのかい。」
「私は違うと思っています。」そして彼の眼は輝いてきた。「私が深く光子さんを恋していたのでしたら、一昨日の晩、別々の室になんか寝なかったろうと思うんです。