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あるおとこのしゅき
或る男の手記
豊島 与志雄
「中央公論」1924(大正13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页
そういう様子を神経質な長女の清子は、子供心にも痛々しく感じたのであろう、私の方を窺ったり俊子の方を窺ったりして、それから妙に涙ぐんだような眼付で、俊子の側にいつまでも坐り込んで小布を弄ったりしていた。次の子の秀夫は何事にも無頓着で一人で騒ぎ廻っていたが、いつも遊び相手の清子が取合わないので、つまらなそうな顔をして、女中の所へ菓子をねだりに行った。末っ児の達夫は、三歳とは云え漸く駈け廻れるくらいで、玩具箱をかき廻すのに倦きると、しきりに母親の後ばかり追っかけた。それを俊子は時々の気分によって、突き放したり抱擁したり愛撫したりして、泣かせたり苦しませたり喜ばせたりした。それから女中は変におずおずして――と私には思われた――影の方に引込んでばかりいた。皆一緒になって和やかにいっていた家庭の調子が、何だかばらばらに壊れて狂ってきた。其の中で俊子は、殆んど用事だけの口をしか利かないで、冷たい蒼ざめた顔をして、何処かの隅にぽつねんと考え込んでいた。そして突然気付いたかのように、子供達に対していろんなことをしてやるのが、益々家庭内の空気を不安になすのだった。
その不安な空気に堪えられなくなると、私は彼女から身をもぎ離すようにして、二階の書斎に上っていった。