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とびらのかなたへ

扉の彼方へ

岡本 かの子

「新女苑」1938(昭和13)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,155 字 · 17 页

青空文庫

だけです。その時分はもう父はなくなっていましたから、良人は座敷へ上りはするが、母に会ってお土産の品を出し、簡単な世間話や、時候の挨拶位で、帰って行きました。

たまたま私が居合せると、女中に代ってお茶を運ばせられることぐらいはあり、その時良人は私に向って、愛想に西洋の娘さんの話などしたり、ある時はまた父の在世中の逸話など二三して、「お亡くなりになってから、やっぱり先生は偉い方だったと想い出されます」と母と私に向って、等分に云ったりしたのを覚えています。

その人は骨組ががっしりして大柄な樫の木造りの扉のような感じのする男で、橙色がかったチョコレート色の洋服が、日本人にしては珍らしく似合うという柄の人でした。豊な顎を内へ引いて髭はなく、鼻の根の両脇に瞳を正しく揃え、ごく僅か上眼使いに相手を正視するという態度でした。左の手はしょっちゅう洋袴のポケットへ入れていましたが、胸のハンカチを取出すとき、案外白い大きい手の無名指にエンゲージリングの黄ろい細金がきらりと光ったのを覚えています。

その人が帰ったあと、私は母に何気なく

「あの方、結婚してなさるの」と訊きますと、母は