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ぎじゅつとかがくとのがいねん

技術と科学との概念

戸坂 潤

「帝国大学新聞」1941(昭和16)年6月9日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,825 字 · 8 页

青空文庫

物では都合が悪いというので、例えば三枝博音氏などは(『日本技術史』)「過程としての手段」と規定した。之は物の代りに作用のような過程を導き入れた点に工夫を見せているが、併し単に手段というものにまで技術を一般化したので結局例の「技術の哲学」式の第三領域、目的論的世界へ逆もどりする。即ち「限界領域」と氏自ら称するのである。技術を物説と過程説との折衷によって捉えようとしたのは相川春喜氏(『現代技術論』――今日吾々の見るものの内で参考に値いする)であるが、氏は之に「現に働いている」という条件をつけた点で、特に技術を実践的な概念にしたように見える。だが技術を或る特定な意味で、実践的に考えたいのは、多くの哲学的な(解釈論哲学風の)技術観念の急所の一つで、之また相当に苦労した上で例の第三領域論に帰るものである。

だから氏によってテヒノロギーも自然科学や工学、又経済学から独立な領域とされるべく、大いに努力が払われている。現に働いていないと技術ではなくて只の機械の如きになる、という風に説かれているようだが、すると日本の技術の大部分は、深夜は死んで朝六時頃生き返える不思議な生きものになりそうである。