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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页

青空文庫

感性からのこの負債の支払いに於てこそ知性の有能さがあるのである。だから、知能は一つの能力だと云ったが、知能がもつ有能さは知能が自分を本能化し得るという処に、初めて横たわるわけである。実際、性格を教養することは、何も他人と変った性質を捻出することではないので、取りも直さず性格を有能化することが目的なのだが、そうやって性格を有能化すことは、外でもない、性格能力である知能を本能化すことなのである。

知能のこの有能性を本能に関係してとや角云うのは併し、生物学的抽象によるアナロジーを使ってのことであるが、今はこのアナロジーはどうでも良いので、知能のこの云わば感性的な有能さという事が要点なのである。本能になぞらえられた知能の感性的有能性は、より社会的な範疇としては、広く技術的性能と呼んでいいだろう。蜘蛛が糸を繰るのは本能であるが、製糸工場に於ける女工の性能は技術的なのである。知能はだから結局広義に於ける技術的な本質のものだということになる。

尤も、技術という概念を本格的に把握するにはまず第一に之を技術学(工芸学)的見地から見て行かねばならず、そしてこの技術学は単に人間主体が有っている技術乃至手練を問題にするのではなくて、この技能が結合している物質的で客観的な体系――機械組織・工場組織・等々及び之等の媒介としての生産