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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页

青空文庫

で技術(客観的)の本質は社会的なものでなければなるまい*。ではどう社会的であるか。

* 「技術学は自然に対する人間の能動的関係を、即ち人間生活の直接の生産過程を、従って又人間の社会的生活諸関係とそれから来る精神上の諸観念との直接な生産過程を、明らかにするものである」(『資本論』三一七頁)。――即ちこうした社会的なもの(客観的技術)及び観念的なもの(主観的技術)までが、技術学の対象――技術――だと云うのである。

機械は無論単なる一種の物体に過ぎないからそれ自身は何も技術ではない。機械に対する技術の連関を明らかにするためには、機械の社会的性質なるものをもう少しハッキリさせて見る必要がある。と云うのは、機械は(道具を含めてもいい)就中大工業に於ては、最も代表的な労働手段なのであり、従って又最も重大な生産手段の一つに数えられる。この労働手段乃至生産手段を通して行なわれる労働過程乃至生産過程――ここでは外になお人的・主観的・要因を忘れてはならぬが――の内に、社会に於ける客観的な物質的技術が横たわっているのである。

だがここで労働手段と云ったものの内には――生産手段に就いてはなお更のこと――ただに機械(乃至道具)が含まれるばかりではなく、之と組織的に結合している工場・設備・交通組織等々が、少なくとも同時に含まれていなけれ