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ぎじゅつのてつがく
技術の哲学
戸坂 潤
「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页
その際便宜上、科学的な特に又自然科学的な実験を中心に置いて考えて見るのがいいと思う(だが科学的実験だけしか考えないと云うのではない)。そうすれば、前に云って来たことから当然、分析は人間的経験との関係から始まらねばならぬ。
認識論(普通之は人間的経験を単に知的な機能又は成果としてしか取り扱わない哲学部門であるが)的に云えば、人間の経験は感性的な直観から始まる。というのは、客観的な物・対象が吾々の感覚(併し今日の心理学では感覚という概念は疑われている)又は知覚となって現われる(現象する)ことが、人間の経験にとっての所与であり材料だというのである。だが人間の経験は単にこうした一般的な構造を有っているだけではない、それは認識するという或いは広く云って生活するという、決った目的を持っている。で、その目的のために、人間は経験を或る一定の条件=形式にあてはめる。或いはそういう風に一定の条件=形式にあてはめて行くことが本当の具体的な経験だと云っても好い。――人間は観察(Beobachtung)を始めるのである。之がすでに、経験の量が一定の段階にまで蓄積された結果であるのは云うまでもない。