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おしえとたびするおとこ
押絵と旅する男
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1929(昭和4)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,416 字 · 35 页
魚津の駅から上野への汽車に乗ったのは、夕方の六時頃であった。不思議な偶然であろうか、あの辺の汽車はいつでもそうなのか、私の乗った二等車は、教会堂の様にガランとしていて、私の外にたった一人の先客が、向うの隅のクッションに蹲っているばかりであった。
汽車は淋しい海岸の、けわしい崕や砂浜の上を、単調な機械の音を響かせて、際しもなく走っている。沼の様な海上の、靄の奥深く、黒血の色の夕焼が、ボンヤリと感じられた。異様に大きく見える白帆が、その中を、夢の様に滑っていた。少しも風のない、むしむしする日であったから、所々開かれた汽車の窓から、進行につれて忍び込むそよ風も、幽霊の様に尻切れとんぼであった。沢山の短いトンネルと雪除けの柱の列が、広漠たる灰色の空と海とを、縞目に区切って通り過ぎた。
親不知の断崖を通過する頃、車内の電燈と空の明るさとが同じに感じられた程、夕闇が迫って来た。丁度その時分向うの隅のたった一人の同乗者が、突然立上って、クッションの上に大きな黒繻子の風呂敷を広げ、窓に立てかけてあった、二尺に三尺程の、扁平な荷物を、その中へ包み始めた。それが私に何とやら奇妙な感じを与えたのである。