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おしえのきせき

押絵の奇蹟

夢野 久作

「新青年」1929(昭和4)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页

青空文庫

その中でも、お母様の押絵のお仕事を見るのが何よりの楽しみで、お父様が畠のお仕事をなされながら、お母様をお呼びになるのが恨めしい位に思われました。

ことに又、その中でも、お母様が押絵の人形の眼鼻口をお描きになる時にはきっと私を呼んで御自分の前に坐らせて、「右を向いて御覧」とか「左を向いて御覧」とか仰有って私の眼や、鼻や、口もとをシゲシゲと御覧になっては細長い筆の穂先を嘗めて、火鉢のふちに幾つも並べてある人形の顔に書き入れておいでになるのでした。その顔はいろいろで、私に似ているのは一つもある筈は御座いませんでしたが、それでも毎日毎日見ておりますうちに、私は子供心にその中から自分に似た眼や鼻や口をやすやすと選りだすことが出来るようになりました。それである時、お父様が畠へお出でになったあとで、

「これはあたしの眼よ。この口も……この鼻も、眉毛も……」

と申しますとお母様は、

「よくわかるね。お前の顔は役者のように綺麗だから、お手本にしているのだよ」

とおっしゃって、お笑いになりましたが、そのあとでお母様は急にうつむいて悲しそうな顔になられますと、涙をポトポトと火鉢の灰の中へお落しになりましたので、私も何だか悲しくなりまして、その後は一度もそんな事を申しませんでした。