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おしえのきせき
押絵の奇蹟
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页
「ハイ……」
とお母様はしとやかにお進みになって、丁度十畳のお座敷のまん中近くまで来て又、三ツ指をおつきになりました。
お父様は黙ってお母様の顔を睨んでおいでになるようでしたが、私はお母様の方に向けられて足を投げ出したまま、帯際をしっかりと捉えられておりましたので見えませんでした。
お母様も一心に、お父様の顔を見ておいでになりましたが、その大きな美しい眼で二度ほどパチパチと瞬をされました。
「……キ……貴様は……ナ……中村半太夫と不義をした覚えがあろう」
というお父様の声が、間もなく私のうしろから雷のように響きました。私の帯を掴んでおられるお父様の手がブルブルとふるえました。
「あっ……まあ……」
とお母様は眼を大きくして驚きさま、うしろ手をつかれましたが、たちまち膝の前に両袖を重ねてワッと泣き伏しておしまいになりました。
お父様は黙ってその姿を見ておいでになる御様子でしたが、暫くして又今度は低い押しつけるような声で、静かに云われました。
「おぼえがあろうの……」
「エエッ……ぞんじがけもない……夢にも……マア」
とお母様は青白い顔と、紅くなった眼をお上げになりました。