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おしえのきせき

押絵の奇蹟

夢野 久作

「新青年」1929(昭和4)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页

青空文庫

初めのうちは、いつもの伯父の癖で、僕をカラカッているのだとばかり思って、いい加減な返事をしながら笑っておりましたが、そのうちに八丁堀の大旦那様(大沼氏)や平川町の先生(紫紅氏)方がお見えになって、いよいよ本当だとわかりますと僕は思わず手放しで泣き出してしまいました。そうしてこのお芝居が済んだら、あとはどうなっても構わないつもりで稽古を初めたのですが、都合のいい事に父も僕も心もちヒョロ長い方で肩幅から何からよく合っていますので、衣裳の方はあまり手を入れずに済みました。

しかし何しろこの扮装は総体で十三貫目もありましてシャグマだけでも一貫目近くあります。それをまだ芸も身体もコンマ以下の弱虫が着るのですから、平生だと立ち上るだけでも大変なのですが、それでも生命がけの女の気もちになって舞台に出てみますと、不思議なくらい楽に動けますので、これは大方亡くなりました父の霊が衣裳に乗り移って軽くしてくれるのだろうと思っております。云々。

私はこの時、この記事の上に突伏しまして、どんなにか泣きましたことでしょう。

私のお母様の押絵を御覧になった貴方様のお父様が、それほどまでに牡丹と蝶々の着付けを大切にかけてお用いになりました、そのお心のウラをお察ししました時に、私はもう立っても居てもいられぬようになりました。