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りゃくだつせられたるおとこ
掠奪せられたる男
豊島 与志雄
「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页
真白に塗られた顔の上に、その二つがぽつりと浮出していて、一つが招き、一つが笑っていた。
電車通りから生籬の多い閑静な小路がU形に奥にはいっていた。その左足の下の方に山田の素人下宿があった。下の棒の右足の方に寄った所に、板塀の上から松や樫や檜葉などの植込みの梢が覗いている新らしい二階家があった。円い軒灯の下に「伊藤」という檜の表札が釘付にせられていた。秀子はよくその下に立っていた、山田が其処を通る頃に。
Uの字の上に棒を引くとそれが電車通りだった。山田は電車通りに出るのによく右足の方へ廻り途をした。電車通りの俗悪なのに比べて、その通りが如何にも気持ちよくこじんまりしていたので、その上秀子の存在があったので。然しわざとその廻り途をしない時もあった。そういう時、彼の心は乱れていた。
山田の姿を見ると、秀子は遠くから微笑みかけた。
「寄っていらっしゃい?」と彼女は全身で物を云った。「私丁度退屈してる所だわ!」
秀子の身体が磁石なら、山田は鉄片であった。而もその磁石は何という柔かな馥郁たる磁石であったか! 彼女は好んでブーケ・ダムールの香水を身から離さなかった。