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ばんしゅうへいや
播州平野
宮本 百合子
「新日本文学」(第1~11節)、「潮流」(第16・17節)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 106,683 字 · 214 页
三通目は、大学に入った重吉が上京して寄寓した親戚の家での生活を耐えがたく感じている書簡であった。若く、ひそかな誇りにみちている青年が、卑屈な境遇に抵抗しているその手紙の調子が、年月をへだてて読みかえしているひろ子のこころを動かした。全く金がなく、ただ青春と限りない未来とがあるだけだった二十一歳の重吉。今全く自由を喪って網走にやられている三十八歳の重吉。その重吉にのこされているのは何であろう。ひろ子は、やはりそこに限りない未来しか思うことが出来ないのであった。
こうして古い手紙などを見るにつけ、ラジオも新聞もなく、汽車さえ通らないここに暮していることが、激しい不安に感じられて来た。八月十五日このかた、日本に新しい潮がさしはじめた。それは全国の刑務所の塀をとりまいて流れはじめていた。思想犯のためには、決して動くことの予期されなかった扉の蝶番を、きしませはじめているのであった。
縫子が、洗ものをかかえて新道から下りて来た。ひろ子がひろげているものを肩越しに見て、
「まあ」
と云った。
「きのう、わざわざのけておいたのに!」
ひろ子は、
「いい、いい」
と、小声で、なだめるように囁いた。