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ぎたい

擬体

豊島 与志雄

「新潮」1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,945 字 · 25 页

青空文庫

それらのものを室の卓上に揃えた。薬缶に湯を沸かし、洗面器でぬるま湯にして、運んで来た。

座布団を二つに折って枕とし、仰向きに寝そべって、褞袍を胸元までかけ、左手の肱に書物をあてがい、手先が洗面器に浸るようにした。つまり、手首の動脈を切断して、微温湯の中に出血を続けさせ、安楽な死に方をしようというのである。

彼は暫くの間、寝たまま眼をつぶっていた。それから身を起して、安全剃刀の刄を取った。勿論、アドルムを服用したりナイフを使ったりする必要はなかった。再び元のように寝て、用心しながら左手首に形ばかりの傷をつけた。ずきりとしただけで、殆んど痛みは感じなかった。細い静脈が切れて、血が流れだしてきた。その手首を洗面器の中に浸して、眼をつぶった。

「ひと一人を殺すんだ。多少の出血は止むを得ぬ。多少の出血は止むを得ぬ。」

時間をはかっていると、思わぬ時に、襖がすーっと開いて、登志子が顔を出した。幽鬼のような気がして、青木は全身ぞっとし、髪の毛が逆立った。青木は飛び起きてそこに坐り、卓上の品々を体で隠すようにした。もうその時には、寝間着に褞袍をはおった登志子が、彼に取縋っていた。