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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

事実、この時に当って神楽坂署の刑事達は続々この平和境に押出して来るのだった。

或者はポッと出の田舎者のような風をしていた。或者は角帽を被って大学生を装うていた。或者は半纏を羽織って生え抜きの職人のような服装をしていた。彼等は素知らぬ顔で、表面この静寂な空気に巧に調和を取りながら、外の参詣人の間に交って、それ/″\油断なく定められた部署を警戒していたのだった。

中にも軽快な洋服を着て青年紳士然としていた石子刑事の心労は一通りでなかった。何故なら彼は今日捕縛すべき怪人支倉の顔を知っている唯一の人間だったからである。尤も支倉の持徴のある容貌は十分刑事達の頭に這入ってはいるけれども、彼もさるものどんな変相をしているかも知れぬ。支倉は枯薄の音にも油断なく身構えると云う男であるから、もし少しでも怪しいと感じたら、逸早く逃げ出すに違いない。それに今日は殊更に浅田を連れて来ていない、と云うのは彼から何か合図でもされてはと云う懸念からであるが、それだけに浅田の姿が見えない事は支倉に疑念を起させ易い。それにもし彼が石子の姿でも認めれば大変である。彼が先に石子の姿を見出すか、石子の方で先に彼を見出すかそれで殆ど勝負は極るのである。