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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
石子、渡辺両刑事はじっと外に張番をしていた。
便所に這入った支倉は中々出て来なかった。
拘留中の嫌疑者が間々便所から逃走する事があるので、窓にはすっかり金網が張ってあるし、殊に大切な嫌疑者だから両刑事が爛々たる眼を輝かして見張をしているのだから、とても逃走などと云う事は出来ない。彼は今休む暇なき思いを、あわれ便所に暫しの安息を求めているのだろうか。それにしても少し長過ぎる。
渡辺刑事は待ち切れないで外から声をかけると、中からは返辞の代りに呻き声が聞えた。と、戸が開いて支倉がよろ/\と出て来た。彼の口の廻りにはベットリと血がついて、右の拳からはタラ/\と血汐が流れて着物に垂れかゝっていた。
「どうしたのだっ」
渡辺、石子の両刑事は同時にそう叫んで、両方から彼を押えた。
「うむ」
支倉は苦しそうに喘いだ。
かつて彼が銅貨を呑んで自殺を計って以来、再びそんな事をさせないように、厳重な警戒をしていたのであるから、刑事はこの有様を見て、只怪しみ驚く許りだった。
急報によって直ぐ警察医は駆けつけて来た。
取調の結果、支倉は便所の窓硝子を打欠いて、その破片を呑んだのである事が判明した。