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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

且つ同人は小林の方で是非金を取ると云うならば裁判の問題にするとも云いました。小林定次郎も聞いて呉れねば告訴すると云いました。私は支倉にそんな馬鹿な事をするよりも示談にした方がよいと勧告しました。其結果支倉は百円ならば出すと云い其旨を小林方へ伝えました。

問 小林定次郎は最初三百円と云い、後に二百円で承諾したる如く述べているが如何か。

答 私は前申す如く最初の要求が二百円位であったろうと思います。古い事で慥と記憶ありません。

問 証人は貞子に逢った事があるか。

答 あります。多分定次郎が一度貞子を連れて私方に来ました。痩せた小さい女でした。

貞子は背が高いとも云い、小柄とも云い、証人が各々まち/\の返答をしているのはどう云うものか、興味のある点だ。

三月三十一日には証人として小林貞を預かって病院に通わしていた中田かまと云う老婆が喚ばれた。この辺りからボツ/\井戸から上った死体が果して貞子かどうかと云う事が判明して来る。

問 証人は小林貞子とは如何なる知合であったか。

答 大正元年中貞子が上京した時より知って居ります。其父は前に私方より学校へ通学し、その後弟定次郎方へ同居しましたが、キリスト教信者なので、互に往復し、貞子上京の事も知っています。