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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
「二、三年前とか、こちらの女中をしていた者が行方不明になった事があるそうですね」
「はい」
細君は狼狽したように答えた。
「その後行方は分りませんか」
「はい、分りませんようです」
「こちらで病気になったのだそうですね」
「はい」
彼女は初めて少し顔を上げて、探るような眼付で石子を仰ぎ見た。眉の美しい女だな、石子はふとそんな事を思った。
「病気は何でしたか」
「はい」
彼女は再び首を垂れてじっとしていた。
「花柳病だとか云う話を聞きましたが」
刑事は畳かけるように云った。
「はい、あの」
彼女は哀願するように石子を見上げながら、
「お聞き及びでもございましょうが、申さば夫の恥になる事でございますが、夫がつい悪戯を致しまして――」
彼女の声はそのまゝ消えて行った。
「叔父とかゞ喧ましい事を云ったそうですね」
「はい」
彼女は観念したように、
「父と申すのは中学校の先生で誠に穏かな人でございますが、兄弟ながら叔父と云う人は随分訳の分らない人でございました」
「その女中と云うのはどんな風でした」
「大人しい子で、器量もよく、それに仲々よく働きまして重宝な子でございました。病気になりまして知合の家に下げられ、そこから病院に通う事になりましても、別に私共を恨んでいる様子もありませんでした。