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ほうろう

放浪

織田 作之助

「文學界 第七年第五号」文藝春秋、1940(昭和15)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,399 字 · 47 页

青空文庫

その日の婚礼料理に使うにらみ鯛を焼いていた順平が振り向くと、文吉がエヘラエヘラ笑って突っ立っていた。十年振りの兄だが少しも変っていないので直ぐ分って、兄よ、わりゃ来てくれたんかと順平は団扇をもったまま傍へ寄った。白い料理衣をきている順平の姿が文吉には大変立派に見え、背ものびたと思えたので、そのことを云った。順平は料理場用の高下駄をはいているので高く見えたのだった。二十二歳の文吉は四尺七寸しかなかった。順平は九寸位あった。順平は柿をむいて見せた。皮がくるくると離れ、漆喰に届いたので文吉は感心し、賞めた。

その夜、婚礼の席がおひらきになるころ、文吉は腹が痛み出した。膳のものを残らず食い、酒ものんだからだった。かねがね蛔虫を湧かしていたのである。便所に立とうとすると、借着の紋附の裾が長すぎて、足にからまった。倒れて、そのまま、痛い痛いとのた打ちまわった。別室に運ばれ、医者を迎えた。腸から絞り出して夜着を汚した臭気の中で、順平は看護した。やっと、落ち付いて文吉が寝いると、順平は寝室へ行った。夜は更けていて、もう美津子は寝こんでいた。だらしなく手を投げ出していた。