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ほうろうのやど

放浪の宿

里村 欣三

「改造」1927(昭和2)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,066 字 · 28 页

青空文庫

そうだ。若者が流れ込んだ時に、この虱を潰していた男は時計屋だった。

この男は時計の修繕を拾いながら、それで世界を流して歩こうと云う、また滅相もない野望をもっているのだ。この時計屋の話によれば、可愛いい女房が、のびたうどんみたいになって、あの世へくたばった日から、店を畳んでしまって、その途徹もない野心を、学生鞄のなかにネジ廻しや、人形の靴みたいな金鎚と一緒くたに納い込んで、もう五年この方流浪しているのだと云う――。この男のその気持はまるで解らない。支那服は雑作もなく(なあに、女房の死霊に、魂をあの世へかッさらわれたのさ。それでフヌけた訳さ)と、簡単に片付けたが、或いはそうかも知れない。

若者が荷厄介な古行李同然の調子で、自分の体をやけ糞に投げ出すと、びょこッと時計屋が折れ釘のように、起きあがって手を伸ばした。

「若いの! 三銭ばかりないか。腹が減ってしようがないんだ」抜毛のように頼りない声を出した。

「三銭どころか。この通りさ」若者は両手をはたいて見せた。

「そうか」

折れ釘はまたそのまま倒れた。

そしてそれっきりで二人がうとうととしかかった時、絞め損った鶏を飛ばしたような消魂しさで、引き裂かれるような悲鳴が、耳のつけ根で爆発した。