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せいじにかんするずいそう
政治に関する随想
伊丹 万作
「キネマ旬報 再建第三号」1946(昭和21)年6月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,515 字 · 11 页
このことは、従来国民として、いかなる行為が最も道徳的なりとして奨励せられてきたか、いかなる人々が最も迫害をこうむつたかを実例について具体的に検討してみれば、だれにも容易に納得の行く事実である。
すなわち、今の日本人にとつては政治的転換よりも、むしろ道徳的転換のほうがより重大だともいえるのである。なぜならば政治的転換はほとんど知識の問題として比較的容易に解決ができるが、支配階級の教育機関によつて我々が幼少のころから執念ぶかくたたき込まれた彼らの御都合主義の理念は、それが道徳の名を騙ることによつて、我々の良心にまでくい入つてしまつているから始末が悪いのである。昨日までの善は、実は今日の悪であり、昨日までの悪が実は今日の善であると思い直すことは、人間の心理としてなかなか容易なことではない。
しかし、改めてそこから出直すのでなくては、いつまでたつても我々はほんとうの政治を持つことはできないであろう。
もともと支配階級の押しつける道徳というものは、国民をして、その持つところのすべての権利、ときには生きる権利までも提供して自分たちのために奉仕させることを目的とするがゆえに、必然的に利他ということを道徳の基礎理念とする。